2017年1月17日火曜日

昨今の世界情勢を政治経済的な面からみると、現状に不満を持つ市民が多く、社会変化を期待し、新しい風潮を望んでいると思われます。

トランプ氏の大統領当選がその一番の顕著な現れで、EU、フィリピンもしかりでしょう。

選挙結果から推して、予想していた株式市場が正確に反映されていないことから見ても、選挙前の予想に反して株価は上昇気流にあるように、人々は変化に期待を持ち、より個性的な考えをするようになったように思われます。

以前には重要視されていたプレスを、あえて敵にまわすような言動のトランプ氏はプレス嫌いが顕著です。
プレス側も、次期大統領がわざわざ訪れたニュ-ヨークタイムス社ではブーイングでお迎えしたと報道されていました。
プレスはその力で世論を操作してはいけない、あくまで中立であるはずですが、必ずしもそうはいかないものです。
トランプ氏は自身のツイッターでご自身の意見をプレスを介さず人々に伝える手法を選ばれたようで、これも新しいやり方でしょう。

表面的状況に左右されることなく、私どもは何事においても独自に考え、独自の道を探る必要がある様に思えてなりません。

上っ面な言葉に左右されることなく、固定観念やこれまでの常識や踏襲の呪縛から離れて、イノベーティブな脳を駆使することが必要と思っている今日この頃です。

2016年4月22日金曜日

国立新美術館で、三宅一生展が開かれています。
三宅氏は、1960年代にパリでジバンシィの弟子として服装デザイナーの道をスタートさせ、70年中には日本で作品を販売する店を開店していました。
私が一生デザインの洋服を身につけるようになったのはそのころです。

三宅氏は、洋服は体を包む彫刻と考えていたと確信しています。着心地の良さよりデザインの効果が主題であったと思います。どこに着ていけるかなどの心配より、それを身に着けた時、どれだけ美しい形が作れるかが問題だったと思います。
今回の展覧会では、まさに洋服と言うよりボディを介しての布を使っての形作りを見ることになるのでしょう。そんな観点からみると、プリーツの入った布を自由自在に切って形の美しさを追求したことがよく判ります。
三宅氏は、2次元の布を3次元の洋服にワンタッチで変容することにも、彼独特の芸術性を見いだすことが出来ます。日本の伝統的「着物」もたたんで、綺麗に2次元にして箪笥に納めてしまいます。洋服もたたみかたの工夫に依って2次元にする作品が展示されています。
折りたたんだ和紙を立体に広げた照明器具も展示されています。

田中一光、横尾忠則などの作品を取り入れ、三宅氏の作品にしたものも見ることが出来ます。コラボレーションとして、他のアーティストのモチーフを用いて、三宅氏の作品として生かされています。
今回の展覧会のオープニングに際し、三宅氏はフランス国が与える最高の勲章「レジオンドヌール勲章」を授与されました。

2016年2月17日水曜日

日本においては、これからはますます高齢者の人口が増加するとよく聞くことです。

マンション管理をしている会社がグループ内にありますが、その中にサービス付き高齢者住宅(サ高住)もあります。
高齢者の方は一般的にテナントとして避けられる傾向にありますが、この高齢者相手の住居でも保証人のない人は入れません。
一番需要のある方々が入居できないのではお気の毒です。
弊社のグループにNPOがありますが、このNOPを通して保証人のない・身寄りのないご老人の老後の日々のお役に立ちたいと思いつきました。
NOPは、資金作りから始めないといけないので、すぐにどれほど活動できるかは不明ですが、なるべく早い時期に開始したいと願っています。

私は2匹の可愛いワンちゃんを飼っています。ペットを飼った経験をお持ちの方はお分かりになると存じますが、「可愛くて仕方がない!」というお気持ちだと思います。
身寄りのないご老人でペットを飼っていらしたら、ぺットの最後も心配されるでしょう、飼い主に残されたペットちゃんのお世話も引き受けられたらいいと思っています。
そしてきっと一緒にお墓にさえ入りたいと願われるのではないかと推察します。

このNOPは本来ペット共生研究をすべく立ち上げました。
みなさんペットちゃんとの共生は上手にされていて、このNPOの立ち入る場は余りありませんでしたが、今回は役に立つことができるかと期待しています。

2015年11月30日月曜日

東京でも庶民的な飲食店が多いことで名高い四谷の荒木町近くに住み始めて10年余り、月日の経つのは早いものだと実感しています。

荒木町には、約250軒の食事処やスナックがあるときいています。「出没!アド街ック天国」などテレビ番組でもよく取り上げられたり、ミシェランで有名な店もあります。 住み始めて最初の頃は、次から次へ、新しいお店に入っては、食事後、どんなふうだったかと話し合っては、楽しんでおりました。

その内に贔屓のお店が出来てきました。今はその数軒を順番に回っています。なぜ贔屓になったのか考えて見ると、あることに気が付きました。勿論、料理の形式や味が自分の好みであることが一番の基本になることは当然ですが、それに加えて、お店のご主人、フロアーでサービスを担当している人達の人柄が、大きな判断基準に加わります。

彼らは客に喜んで貰おうと、料理をたえず工夫します。食材の吟味、仕込み、下ごしらえ、配膳の段取り・・・客に見えないところにも気を抜かず、その一生懸命さが伝わって来て、気持ちがお料理にしっかり表れます。 行きつけのお店のほとんどは、席数が15席未満のちいさなお店ですが、ご主人が料理長で調理責任者、奥様はフロアー担当というケースが多いです。 素人然としたフロアーの奥さんも一生懸命に気配りをしてくれます。 それらのお店は、客席も厨房も狭くて充分な余裕はありませんが、その環境の中で工夫し、研究している努力が感じられます。 この若い料理人達の「一生懸命さ」は自然に伝わり、それが何より大切なのではないかと思いました。

料理人に限らず、勉強し、工夫し、努力し、人の心を掴むことは、自らの未来を掴むことなのだと思います。

2015年7月6日月曜日

最近、世の中は不穏なニュースが飛び交い予断を許さない情勢にみえますが、この5月末にフランスのボルドー地域のシャトーを幾つか訪ねて行った折には、昔ながらのワインの産地の平和な自然がありました。

歴史ある有名なワイナリーは、健全な姿を見せていました。いくつかのワイナリーは、所有者が変っているところもありましたが、伝統的な建物が多く昔ながらの姿は美しく見えました。

一昨年カリフォルニアのナパバリーのワイナリーを幾つか訪ねました。ここでは、ワインの制作過程を如何に機械化して、能率的、且つ衛生的に制作するかという点と、可能な限り人の手を掛けない手法を競っていた観がありました。

そこへいくと、ボルドーは有機栽培に力を入れ、機械を最小限に使うことに力を入れて栽培していると観察してきました。どちらが良いとは言い切れませんが、ボルドーの良き昔に帰った自然農法の情景は、何故かほっとしました。

ポイヤックのシャトー・ポンテ・カネの80ヘクタールある広大な葡萄畑では、馬が引く小さな荷車に人が乗り葡萄の生育をチェックしていました。収穫時も地面に与える影響を少なくする為に車を使わず馬と荷車で行うそうです。
農薬や肥料も使わず、従来使用していた石油で動く農耕機械もやめて畑を管理しているそうです。
サンジュリアンのシャトー・ラグランジェは、1983年から所有者が日本企業のサントリーで、建物、庭、葡萄畑とどれも大変綺麗に手入されていて、さすが!と感心しました。

昼食を頂くアレンジがされており、とても美味しいワインとお食事を頂きました。
プレゼンテ―ションルームでは、モニターで畑の場所と葡萄品種がヴィジュアルに見える様になっていて、地形地質に合った葡萄品種を適材適所に栽培され、気候的にも対応管理されているという、立派なプレゼンテ―ションがあったのもさすが日本企業と思いました。(117ヘクタールの畑があります。)
ボルドーのすぐ南に位置する、シャトー・オ・バイィでも昼食とワインテイスティングをさせて貰いました。30ヘクタールの葡萄畑には樹齢100年の古樹が4分の1残っているそうです。このワイナリーは1998年にアメリカ人が所有しました。

日本のワインも、特に白ワインは、世界的に認められてきたそうです。次回は日本のワイナリーをたずねてみようと思っています。

2015年3月11日水曜日

音楽について

モ-ツアルトの音楽は、人の心を和ませる作用があり、人間の脳にα波を発生させ、気持ちを静める効果があるそうです。
かまえて聴かなくても、BGMでも周波が伝わり、効果は十分あるそうです。
一時、アメリカでは、モーツアルトの曲を胎教に使うのが流行りました。母子ともに情緒豊かに脳の健全な発育が期待できると思われたからです。

私が理事長をしている保育園で(0歳児から就学前の児童をお預かりしています)、モーツアルトをBGMとして流したいと努力しましたが、子供達の元気なノイズレベルの方が、はるかに上回っていて、音の旋律は消えてしまいました。

クラッシクに限らず、音楽は人に好影響をあたえると思います。
ニューヨークに住んでいた頃、セントラルパークで開催されたダイアナ・ロスなどのコンサートによく行きました。途中から皆さん立ち上がってリズムにあわせて踊っているような有様でした。隣にいる人たちと仲間意識が生まれ、気持が高揚し、Happy!が満ち溢れていました。日本でも、人気シンガーのコンサートでは、同じことがある様ですが、立ちっぱなしで数時間というのは、体力的に自信ありませんが試してみたい気持ちもあります。

日本に帰ってきて(アメリカでは私が住んでいた頃はありませんでした)、カラオケの流行に出会いました。小さなカラオケのお店に遊びに行った時のこと、ちょっとおしゃれしたお年寄りのご夫婦が、「お父さん、何唄うの?」なんて会話をしていらして、とても微笑ましく、カラオケとの出逢いは心温まるものでした。

ジャンルに拘わらず、音楽は人生に彩りを添えてくれる素晴らしいものだと思います。

2014年11月11日火曜日

この平成26年10月7日から平成27年1月12日まで、ブリッジストン美術館でWellen de Kooning展を開催しています。
日本では馴染みの少ないアーティストですが、それでも、入場者の数が大変多いそうですから、やはり偉大なアーティストは、ファンがどこにでもいるのでしょう。

1960年代後半、70年代におきましては、今ポップアートが注目を集めている様に、アブストラクト インプレッショニストが、最大の脚光を浴びている時代でした。
その中で、de Kooningは、現代美術市場最高値で取引されたと報道されるほどの人気の芸術家でした。海外では、個展が多く開かれ、その芸術的偉大さにおいては、歴史に残る作家です。
ブリッジストン美術館が、流行を追うより、芸術性を尊ばれ、この偉大な作家の作品を日本で紹介されるべく、この展覧会を企画されたことに敬意を表する次第です。

今は亡き人ですが、de Kooningとは、個人的に親しくしておりました。
年に何回かは、de Kooningのスタジオを訪れては、大きな室内のここかしこに、たくさん積み重ねてある作品の中から、好きなものを選んで、ゆずってもらうのが常でした。
展示作品の中にJohnと小さくメモのように書いてあるがありますが、それは、ある日スタジオでその作品を選びましたら、これはまだ完成していないので、次回、来るまでに完成しておくので、忘れないように書いておくと言って、Johnと印しをしました。
Kimikoとサインされてあるものは、私が選んだのですが、de Kooningは、いい作品を選んだと言いながら、Loveと書いて、サインしてくれました。
アーティストとの思い出は、作品を見る度に、懐かしく、作品鑑賞より「重み」が増す様です。
この展覧会で展示されている作品の内、私のコロラドの家にかざられている作品が多数あります。毎日見ていました作品も、美術館で展示されると、とてもひきたちます。
de Kooningは、将来長く、現代美術史上に名を残すアーティストと、再確信しながら、この展覧会を楽しく見ました。